宿に入ってから直ぐして雨が降りだした。
雨は止むことなく、それは遠くの景色すら霞ませる



















雨の日はいつも悲しくなる

誰かが泣いてるみたいで
悲しく、なる

屋敷にいた頃は、ずっと部屋の窓から断片的にしか見えない空の模様を
降り注ぐ雫が尽きるまで眺めていた


独りじゃないよと、思いを込めて


本当なら、雨をこの体で受け止めたかったけど、屋敷じゃそれは許されなかった
それ位、訳もなく降ってくる雨に心が揺さぶられた







雨が降ると悲しくなる

まるで、たくさんの悲しい事を我慢して耐えきれなくなった誰かの心から溢れてるのだと思ったから
零れてしまうまで我慢をするなんて、どれ程苦痛だろうか


だから、止むまでずっと一緒だよ。と思いを込めて、空を見上げてた。
夜中だろうが早朝だろうが、ずっと。
どうしてなのか自分は、雨が降りだせば夜中でも、いつでも分かった

まるで雨に必要とされているみたいだと、少し嬉しかったのを覚えている








そう、俺はずっと誰かに必要とされたかった。














今も本当なら、外に行って雨を抱き締めてあげたかった


(ごめんな…行ってやりたいのに行けなくて)


他人と共にいるのは、新しい世界だった
キラキラと光って見えた世界。
雨で霞む世界。

初めて触れた世界は余りにも自分に厳しい所で、慣れる事の無い他人からの視線にツキリと胸の中が痛む
変わるかもしれないと、思っていたのは外を知らない俺の想像でしかなかった



どこも屋敷と同じだった
変わるかもしれないと思った何もかもが屋敷となんら変わりはしなかった







海が大きくて、青い色をして
空が四角じゃない事に少し恐怖する



それは未知の世界
屋敷と違うのは、ただそれだけ





人はあまりにも変わり過ぎる。冷めた目で見たと思えば、見る影も見せずに笑う


その変化が恐ろしい。

でも変わらないものがあった。そう、雨だけは変わらなかった

悲しい、寂しい、そう言っている

世迷言と笑われても、これは変わらない真実で、変わりようの無い事実だ



誰にも聞こえなくても、俺には聞こえる雨の声


















ホテルの一室に雨の音が広がる
周りの者達は寝静まっているけれど、ルークはずっと起きていた




(お前が泣き止むまで、起きてるから)




静寂に広がる、泣き声



悲しい、寂しい。

(大丈夫。俺はお前が泣き止むまで待ってるから)




ベッドに座りながら窓に遮られる雨を見つめた


あぁでも、泣き止みそうにない


(辛いんだな)


ぎしりと軋むベッドをなるべく音を立てないよにして立ち上がって、窓に近づきそっとした動作で窓を開いてするりと手を差し出す



パタパタとその涙はルークの手をすぐに濡らし乾く場所はもう見当たらない。






手を差し出しながら思う
この世界は自分にとって悲しい場所
お前を体に浴びて受け止める事すら制限されてしまうなんて





泣かないで、泣かないで



空の流す涙を拭いたいけれど
到底それは出来ない事


だからだから、せめてお前の涙を





濡らした手を握りしめて拳に口付ける

濡れた手をペロリと舐めてみるけれど、やはりそれは塩辛く無い



(でもこの滴はお前の悲しみだから少しでも分かってあげたいんだ舐めて体の一部にしてしまえば、お前は俺の一部になる)



独りじゃない

お前は俺の中に居るよ


だから寂しいと泣かないで









本当なら、開けたままでいたいけれど
ずっと窓を開けたままにすると、朝何を言われるか分からない



(ごめんな。)


少し錆びたような音を立てる窓をゆっくりと閉め、名残惜しい気持ちを抑えて与えられたベッドへ戻る








だがルークは眠らない
濡れた手も拭ったりしない(お前の寂しさを感じた手を拭ったりなんかしない)






パタパタ
(泣くなよ)


パタパタ
(独りじゃないよ。俺もいるから)







ずっと窓の外を眺めるルークの姿はまるで

独り取り残された子供のようで泣いてるいるように見えるけれど、見えるだけでその頬を伝う水分は見当たらない





パタパタ
(大丈夫)
パタパタ
(独りじゃない)














「もうすぐ、傍に行くから・・・」
あと、少し。だから、待っていてくれ。きっとおまえの傍にいくよ