それぞれが、思う様に過ごしている今、俺はしんしんと雪の降る誰も居ない広場に立っている



ケテルブルクの夜は、街の人達でも辛いと言っていた。冬でも比較的に暖かいバチカルで生きていた俺にとっては、辛い事この上ない筈なのだけれど、俺の体は全く何も感じなかった。


寒いはずなのだ、本当は。
だが、レムの塔での事が大きな原因となり、何も感じなくなっている。



俺の体はもう持たないと知ったのは随分最近。音素が乖離しているのだそうだ。













そう、俺を待つのはとても緩やかな死であり、とても急激なものだった












「・・・音素の乖離・・・ね」





殺される訳ではない。いや、俺は殺されるのだ。何度も、何度も。


一度は、アクゼリュスで。俺は俺を殺された


そして、二度目は俺は世界の為に殺された。




三度目は・・・きっと。


この世界に人に、俺は殺される。





(俺はまだ、死にたくなんて無いさ。でも、この体は持たない。どう足掻いたとしても)












































考えている内に、空から舞う白い雪が肩に髪に触れて、水滴へと変っていた
その水滴は確かに俺の体温を奪っているはずなのに



俺は何も感じない。












もしかしたらこの体を雪に埋もれさせてみれば、何かを得られるかもしれない。
この白に紛れてしまえば、俺の汚れを覆い隠してくれるかもしれない、とても安易な考えではあるけれど


(それでも、ただもう一度だけでも)








とても広い広場の真ん中で俺は倒れ込む。
そして、空を見上げる。
雪の降り注ぐ空に、星など見えなかった。





この街を包むのは、白と暗闇。そして、人工的な光だけ。
その対照的な光景を目を凝らして眺める









「何を・・・している・・・」



折角、この光景に浸っていたのに、現実に引き戻すのは低い声。

どこかで、確か聞いた事のあるその声は、何故だか怒りを滲ませている




「貴方こそ、何をなさっているんです?陛下」
体を起こす事もせずに、ただ空を見つめて告げる

あぁまた、冷えていく。

死んでいく。

誰かと言葉を交わす度に、心が軋んでいる




「抜け出して来たに決まっているだろう」

「抜け出すって・・此処とあそこの距離考えたら抜け出すも何もないでしょうに・・・」



くくと、喉だけで笑う俺を見て、俺の視線には未だに入って来ないけれど、ぎょっとしているピオニー陛下の様子が思い浮かぶ




「ルーク。性格悪くなったのか。」



まさか。そういう意味を込めて鼻で哂う。
それから、沈黙が続く。





俺の体を雪が薄っすらと覆い始めてきた。それでもまだ、俺の体は危険信号を発しない。
いや、もう発する事すらやめてしまったのかもしれない。この体は。




だが、今ここで死んでしまえば、何も為す事が出来なくなる。俺の望みを叶える事など、永遠に叶わなくなってしまう。
取引をしたのだ。彼と。それを叶えるまでは、俺は消えるなんてしない。

「すいません。手、貸してくれません?」手を差し出されることを前提に、手を空に向かって差し出す。
案の定俺の手は、彼の手袋に包まれた大きな手で掴まれ引き起こされる、


起こされる瞬間に覗き見ようとした、掴み起こしあげてくれた人物の表情は伺えない。
一体何を考えてこんな場所まできたのだろうか





体に付いた雪を払い、感触などとうの昔に失ってしまった両手を開いたり、閉じたりを繰り返してみる






「ルーク。お前は、恨んでいるか」
その行為に没頭していた俺は、言葉を発した人物をただ呆然とみつめた




何を言うかと思えばそんな事。その問いを聞き、一つ納得をする。
そうだ、この人も人間だ。王であったとしても、間違いなく人間であり、悲しみもすれば、憎しみもする。



その事に少しばかりの感慨を受けた俺は、問いに答えてやってもいいかと思い
「陛下は、どう思われます?」と返してみた。


そう、貴方はどう思われたいのだと、暗に含めて言ってやった。
恨まれれば辛いだろう。だが、恨まれる事で自分自身の呵責と向き合う事が出来る。そして、その事で自分を保つ事が出来るだろう。


でも、答えを聞く前に俺は告げる
「俺がこの世界を愛していると思いますか?陛下」

俺の顔は酷くゆがんでいるのではなかろうか。嘲笑を含ませたその顔を見て
目の前の人物はため息をつきながら、「思っていない・・・」そう言ってその金の髪を揺らした





「死ねと言われ、この世界の維持の為に生み出され捨てられ、また繋ぎとめられた俺が、この世界を恨まずにいると思いますか?」
まるで、笑い話の様に告げる。
しかし、目は笑っていない。
俺はこの世界に絶望を願えど、希望など願わない。







俺を見つめるその綺麗な瞳が哀しそうに弧を描く


「・・・そうか・・・」



えぇそうですね。と淡々と呟けば、「お前ジェイドみたいだったぞ」と返された
あからさまに顔を顰めたら、目の前の彼は腹を抱えながら笑う

一頻り笑ってから、その笑みを奥に潜めて、急にまじめな顔をするので、寒さに頭をやられたかと、一瞬思ってしまったけれど、
この人もそういえば、雪国出身だったと思いだし、その考えは払拭される




「ルーク。俺は、赦されたいとは思わん。そして、お前に恨まれても仕方ないと思っている。だが、困った事にな・・・俺はお前の事を愛してしまっているようだ」





本当に、何を言い出すのかわからない。愛してしまっているって何を考えているのだろうか。全く。
世間話をするように告げるその口を二度と喋れぬ様にしてやろうかとも思う。
ただ、愕然とした俺を見ながら、この雪舞う場所では似合わないような、太陽の輝き見せる笑顔を向ける。
そんな陛下を目の前にして、頭を抱えたくなるような衝動に駆られたが、止めておく





太陽の様な笑みを見せる彼を見て、暗く沈むのは俺の心だった。
どうして、俺が、彼の言葉に沈まなければいけない。





そして、考える事はやめた。
考えても、無駄でしかなかったから。生い先短いこの先を考えてなど無意味だからだ。
そんな俺を愛してしまった、可哀想な彼に言ってやろう。

思うだけ無駄なのだと。
教えてやろう。どうしてか、そう思った。




「俺など、愛しても無意味ですよ。その思いを貴方はきっと後悔することになる。」




自分の言葉を否定された事が癪に障ったのか、それとも別の何かなのか検討はつかないけれど
僅かに顔を顰める彼に、俺は続けた



「愛した事すら、後悔する」



今度こそ、何を言っているのかと。判らなくなったようだ。



そう、判らなくて構わない。判るのは俺だけでいい。いや、あの彼もだろうか。



「この世界はきっと救います。この命を懸けても・・・でもね」



陛下がごくりと喉を上下させたのが視野に入る




自分の続けようとした言葉をもう一度飲み込んで、吐き出す。



「でも、もし貴方に会う今度があったとしたら、陛下。貴方は俺に「今度こそ死ね」と言いますよ。きっと・・・ね」





目を見開く彼を無視して、背を向ける。


ざくざくと無音の世界に広がるのは俺の足音と、彼の息遣い










神の創った人間に
天使は綺麗な羽を奪われた
その汚れたフィルターのせいで彼は何も見えなくなっているだけである。
彼は、本来優しい人間なのだ。ただ、穢れてしまっただけで。