汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……







分厚い本の一冊に書かれた文字をそろりと指でなぞる


「・・・なにのぞむなく・・ねがふなく・・・・」
知らず知らずに零れたのは今見ている本の中にある詩の一節




「・・・?ルーク?」


漏れた声を聞いて、不思議に思ったのか
珍しく躊躇った様な声で(そう聞こえるだけだろうけれど)
ジェイドが俺に声を掛ける


此方を見ているジェイドに不自然さを与えないように開いていた本を閉じる。
誰にも見られない様に、誰にも悟らせぬ様に





(この本の中身を皆が知るには、まだ早い)







声を掛けてきた人物は悟い。だからこそ、知られては成らぬのだ。
その意味を理解し、質問攻めに合うのはごめんだった。


「・・・ルーク?今のはどういったものです?」


俺の動作そのものに疑いを持ったのか、はたまた俺が本を開いている事に疑問を抱いたのか・・・
後者だったならば、失礼な話だなと思いつつも、問われた内容にどう答えようか考える



決して声が震えないように、挙動不審にならないように努めて
綺麗だと言われた長い赤髪を揺らし振り向く


「ん?あぁ・・・・これは」


問われた内容にどう答えればいいのか。
彼に真実を伝えたとしてもこれはファブレ家に伝わる古語だ。理解出来るのは一族だけ。

どうしたものかと、考える


本当のことを言ってしまえば楽になれるとも考えてみたが
今の彼や仲間たちに自分の考えている事を言っても無駄だった


何を言っても、話は流され、何を聞いても、後回しにされる。



あぁ、そうだった。自分は嫌われているのだと。
今、関係など無いのに思い出して胸の奥がツキリと痛んだ。








考えても無駄なのに。まだ俺の心は傷む。

傷を孕んで、俺が自我を持った日から血を流している。止まらない。
瘡蓋になって、もうだ大丈夫だと思っても

「そうだ。自分は」と考えてその瘡蓋は剥がれていくのだ。



なら、彼に伝えるのは真実でなくても構わないんだろう。もうこれ以上傷つきたくなどないのだから。



「これは、とっても大事な本さ。まぁなんだ、今のは俺の」


俺の。と言って濁る言葉


嘘をついても、彼にはすぐばれてしまう。
後で要らぬ詮索をされるならば、今言ってしまおうか
どうせ彼にとってどうでも良い話だし
賢い彼だとしてもこの詩の言葉は判らないだろうから。


そう結論付け、言葉を音に乗せる



「今のは、俺の一生・・・・だな。意味が知りたくなれば、この本調べるか、親父に聞けば判るんじゃねぇの?」



それだけ伝えると
やはりジェイドは一言「そうですか」とだけ言うと去っていく





ほら、見ろ。誰も俺を想ってなどくれないんだ。
ただの好奇心。
軟禁された俺が物珍しい。物事を知らないお坊ちゃまなんだ。




皆が皆。俺を見てなどくれない。





「判ってるさ・・・・それくらい」







風が吹く。それは俺を包んで赤い髪を巻き上げていく



視界は覆われて、辺りは赤に染まる。


目を瞑り、唇を噛み締める。
要らない思考は排除するんだ。じゃないと苦しいのは俺なんだから。







風が止む。さらさらと軌跡を描く様に髪は肩へ腰へと落ちていく
キラキラと光る軌跡がまるで僅かな希望を思い出させて、また胸が痛くなる
必死に追い出そうとした生への執着が垣間見えて、腹が立つ


「判ってる・・・俺は何も、望めない・・・」

瞑っていた目を開け、前を見据える。


そうだ。俺は・・・・









「汚れつちまつた悲しみに
今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに
今日も風さへ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは
たとへば狐の革裘
汚れつちまつた悲しみは
小雪のかかつてちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは
なにのぞむなくねがふなく
汚れつちまつた悲しみは
倦怠のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに
いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに
なすところもなく日は暮れる……」








切なく響き渡るその詩の音を愛しむように呟いて
ジェイドの後を追うように歩いていく






俺は進むのだ

この先に待つ救いへと


俺を唯一救ってくれる










「死」へと真っ直ぐに

汚れちまった悲しみに











捏造もいいところだと、思っても止められない!汗