時々、ルークは情緒不安定になることがあった。

いつも何かに怯えていた。
誰かに怯えていた。




ルークが外の世界に触れてからは、情緒不安定になる事が殆ど無かったせいか、俺もその事を忘れていた。






まさか、お前が全てを知っていたなんて
















真夜中に、俺はふと目が覚めた。
横を見ると、ルークがベッドの上で体を起こして暗い外を眺めていた。







「ルーク・・・・・」




俺の声が聞こえたのか、そろりと、視線を俺に向けたルークと視線が合う。
ルークと視線が合ったその瞬間、少しの違和感を感じ取る。
こちらを見ていたルークは直ぐに目を逸らし、また暗闇の広がる外に視線を戻した。

そんなルークに不安を感じ俺が「何をしているのか」と
問おうとする前に、口を先に開いたのはルークの方だった。









「なぁ、ガイ。この先俺は、どれだけの人を殺して、どれだけの悲鳴を聞くんだろうな・・・・。
そして俺はどれだけ汚れれば良いんだろう。相手にも俺と同じ・・・・血・・・が流れてるんだよ。
斬られる瞬間、刺し貫かれる瞬間・・・・痛いのかな?それとも、もう何も感じないのかな・・・・」






明らかにいつもの様子とは違うルークが気になり、ベッドから出てルークの傍に歩み寄る。






ルークは近づく俺を意にも介さないかの様に独り続ける。

「言って欲しいんだ。聞きたいんだ。判らないから。どうしてだ・・・?
俺の見てきた世界は余りにも狭くて、知る術なんてなかったから、ただ判りたいんだよ。
理解して、ちゃんと考えたいのに。なぁ・・・なんで、皆は俺を・・・」




ルークの言葉に俺は酷い衝撃を受ける。
ルークは成長しているのだ。
あの鳥籠のような世界を出て、拙いながらも自分で羽ばたく事を知ったのだ。
だからこそ、「どうして?何故?」と聞く。
正直、それが煩わしかったと言えば嘘じゃない。


俺達にとって当たり前でも、ルークにとっては非現実的なのだ。
あの閉ざされた世界で生きていたルークには判る筈がないと、知っていた筈なのに。
応える事すら俺達は、考えていなかった。




何もかも、判って当たり前、こうして当然なんだと。決め付けていた。







「・・・・俺の手は真っ赤なんだ。でも、ガイお前の手はとても綺麗・・・・」


そして、また脈略のない、意図が全く掴めない言葉がルークの口から零れていく。

けれど、その言葉に何故か判らないけれど、心臓の鼓動が早まっていく。





「これは裏切りだなんて言わないんだよ。だって、そうだろう?・・・・あぁ違うか・・・・ヴァン師匠もただ・・・・」



裏切りだなんて言わない・・・?ヴァン??だって?

そんな、まさか。そんな筈は無いと、心の中で必死に違うと否定する。
ルークの言っている事は俺の事なんかじゃないに決まっている。









脈略の無い話ばかりするルークを見て、ふと、思い出す。
そう言えば、昔も同じ様な事を言っていたと、メイドが話しているのを聞いたのだ。







そうだ、これは、屋敷に居た時にも何度かあった状態だと、漸く気づく。










精神的に不安定になると、周りが見えなくなったかのように
ただ、暗い部屋に閉じ籠り、そして、脈略のない話をする。
でも、その話には決まってヴァンの事だったり、
酷く悲しんだ顔をして俺は汚れているといった単語が出てきたと・・・ルークの世話係はのメイドは話していた


俺も一度だけ、その場面を見た事があったのだ。
ルークがこの状態で話をしているのは聞いた事は無かったけれど




これは、まずい。そう思っても為す術もなくただ、ルークを見ている事しか出来ないでいる。


確か、こうなった状態のルークは何かに怯えていた。
でも、今はどうだろう。誰かに怯える素振りも見せない。

あの時とは同じようで、全く違う状態。




この状況の理由が判った筈なのに、俺の鼓動は更に速さを増していく。


「だって、そうじゃないか・・・・俺だって思うさ。
憎いって・・・選択は間違ってないんだよ・・・・でも、なんでだ・・・・?
そんなに俺は汚れているのか?なぁ・・・ガイ・・・」



聞いてはいけないと、頭の中では警報が鳴り響いているのに、この先を聞かなければいけない。
そう思えて仕方ない。


ルークの言う「憎いって思って当然」「選択は間違ってない」

それは、どういう意味なのか。
同じ様なことを、あの屋敷の中でも言っていたとするならば、それは誰を指すのか。


聞いてはいけないと、思っているのに
聞くことを拒否する事はその時の俺の中で浮かぶことなんて無かった。


早まる鼓動をどうにか、静めようと努力するけれど、早く早くと急く心が鼓動を早めていく




その先を聞かねばと、逸る気持ちが言葉を紡ぐ。








「・・・・どういう・・・」
今の俺の声は擦れていないだろうか、震えていないだろうか。必死にいつもと同じを装って尋ねる。





「そうだ。ガイ。お前は間違ってなんかいない。お前の体が唯一血で汚れる時は」


目を見開く、鼓動は早さを増す。呼吸が・・・上手く出来ない




『どうか、その先は・・・』






























「俺の血で染まる時だけなんだよな。ガイ?」







そう言って、目の前のルークは綺麗に笑った。











を降ろせ、喜劇は終わった
あぁ、なんてことだ!!紛れも無い事実なのに、彼の口からその台詞を聞くだけで胸が張り裂けそうなんて!